閉鎖したHPより

病気持ちなアタクシ


病気持ちなアタクシ

アタクシは潰瘍性大腸炎という病気持ちでございます。
読んで字のごとく大腸に潰瘍ができる病気です。
(詳しいことは「潰瘍性大腸炎」で検索してみ)

1998年に発病しました。
下痢が1ヶ月続き、出血がありました。
「マズイな・・・・痔だ・・・・」
と思い込んでいたため、病院に行くのが遅れました(笑
肛門科に行くべきか・・・痔って内科でもいいんだろうか・・・
まだ20代だったため肛門科の敷居は高く、内科へ行きました。

「下痢が1ヶ月続いてて、出血があるので痔だと思うんです・・・」
とウブだったアタクシは小さな声で先生に伝えたんでございます。
するとアタクシの御尻の穴のどこをどーやって診たのかわかりませんが
「痔ではないですね~」
とデカイ声で診断されました。
それから大腸ファイバーやレントゲンなどで検査して
晴れて【潰瘍性大腸炎】の病気持ちになったのでございます。

この病気は難病(特定疾患)です。
ですから国から補助があります。
薬代や検査費用など全額ではないものの公費で負担していただいてます。
ほんとにほんとにありがたいこってす。

この病気の特徴だと思うのですが
全く病状がない時期(緩解期)と病状が出るとき(活動期・再燃)を繰り返します。
アタクシは軽症だったため何度も再燃と緩解繰り返しましたが通院で7年過ぎていきました。
何年もこの病気で苦しんでいると、自分の体の調子がわかってくるんです。
「ヤバイなぁ~」とか「絶好調!」の判断ができます。
俄かドクター(またの名を俄か薬剤師)の出来上がりです。
はっきり言うとこの自己判断がいけないんですよね。
医師でもよくわからない病気ですし
なにせ難病なんですから。


~~難病~~
「難病」は、医学的に明確に定義された病気の名称ではありません。
いわゆる「不治の病」に対して社会通念として用いられてきた言葉です。
そのため、難病であるか否かは、その時代の医療水準や社会事情によって変化します。
~~特定疾患~~
特定疾患について我が国の難病対策では、いわゆる難病のうち、
原因不明で、治療方法が確立していないなど治療が極めて困難で、
病状も慢性に経過し後遺症を残して社会復帰が極度に困難もしくは不可能であり、
医療費も高額で経済的な問題や介護等家庭的にも精神的にも負担の大きい疾病で、
その上症例が少ないことから全国的規模での研究が必要な疾患を「特定疾患」と定義しています。
~~~~難病情報センターHPから勝手に引用~~~~
(ごめんなさい、すみません、許してください)



==  初めての入院(2005.9.28~11.11)  ==

1年以上の緩解期がありました。
ですから俄かドクターのアタクシは【完治】の判断をしておりました。
医者にも行かず、当然薬も飲まず、特定疾患の更新もやめていたのでございます。
バチがあたったのでしょうか?2005年夏、再燃しました。
以前もらって飲んでいなかったペンタサをとビオスリーを1日6錠ずつ飲んで
(俄か薬剤師でもあったので勝手に自己判断)
そのうち良くなる!と信じておりました。

それがねぇ、日に日に悪くなっていくんですよ。
途中で俄かドクターの判断ではマズイことに気がつき(遅すぎ?)
近くの掛かりつけの医者へ行きました。
医者に行っても、病状は悪くなるばかり・・・。
高熱、腹痛(今までにない激痛)、下血
トイレへは30分に一度ほど、寝てるよりトイレにこもっている方が長くなっておりました。
近くに住む母が、トイレのドアを開け
「いつまでもこんな状態ではいかん!○○病院へ行こう!」とのたまい
パジャマのまま病院へ・・・大腸ファイバーの検査後入院となりました。
軽症だったはずのアタクシの大腸は前腸型重症と昇格しておりました。

アタクシがかかっているのは消化器科ですが
消化器科に空きベッドがなかったため、なぜか皮膚科病棟に入りました。
4人部屋。
アタクシ以外の3人は皮膚科なので意外と元気な3人でありました。
その中で【ベッド上安静】を言い渡されたアタクシは
ベッドの横に置かれたポータブルのトイレとベッドの行き来のみ。
トイレに座っているほうが多かったから仕切りのカーテンを開けることもなく
いきんで出るガスやら激痛でうめき声やらで迷惑をかけていたに違いない。
もっと辛かったのは絶食!
大腸はイカレポンチですが、胃は元気なんです。
おまけに他の3人は元気なので食事あるんですよ。
高熱でうなされながらも
「先生~~お腹空いた・・・」と言い続けておりました。
そんな皮膚科生活も10日ほどで終わり、正規の消化器科病棟へ移動となりました。

治療
絶食35日間・点滴
入院から1週間くらいで腕の点滴からIVH(中心静脈栄養法)
入院から2週間目くらいから白血球除去術(G-CAP)
G-CAPは1週間に一度、5回1クールですが 
4回目終了時で炎症反応が0になったため4回で終了♪

薬(1日)
ペンタサ9錠、ビオフェルミン3包、ガスターD2錠
プレドニゾロン入院時8錠、退院時3錠
ペンタサ注腸1本


夢にまで見た食事!携帯で撮ったのでちょいとピンボケ ↓
オモユ風景です・・・朝は具のない味噌汁。それでも美味かった!でも全部飲めないんですよ。胃袋チャプチャプです!食後の薬もあるし・・・
一分粥風景です・・・おかずが付きました!クタクタに煮てある野菜が中心。夜、刺身が出て満喫。
三分粥風景・・・汁物の具が入ってきました!
五分粥風景・・・昼にハンバーグが出た!懐かしい給食の味でした。肉だ~肉肉♪とほくそえむ。
八分粥風景・・・この頃になると段々感激がなくなる。
通常食風景・・・通常食と言っても消化器科ですから、低残さ低脂肪の食事。揚げ物が焼肉や揚げ物が食いたくなる。

今思うと大して美味しい食事ではないんですよね。(栄養士さんごめんなさい)
でも飢えておりますからどれも美味しくありがたくいただきました。
今食えと言われたら・・・のーさんきゅうでございます。

45日間で退院でございました。

おまけ
消化器科病棟に移ってから個室でした。
ポータブルのトイレで座っている時間が多い!
そんな訳で、友人や親戚のお見舞をお断りしていたため
病室に来るのは旦那か母。
なのに、誰かがノックもせずに入ってくるんです!!
最初はさすがのアタクシも怖かった!
犯人はアオイさんという80過ぎのじいさん。
大部屋で入院していて、トイレにお出かけになり用を足し
いざ、病室へ戻ろうとすると部屋がわからない・・・。
するとなぜだか一番にアタクシの部屋を開けるんですねぇ。
そして次々と個室をノックなしで開け、そのうち廊下で大声を張り上げる。
「ああああ、アオイだけどぉ・・・・大正○○生まれ・・・・あううぅぅぅ」
夜中も昼間も関係ありません。
そのうちアタクシの部屋を開けた瞬間にナースコールを押し、
個室無断入室をアタクシの部屋だけで阻止しておりましたよ。
看護士さんもアオイさんを送り届けてから、アタクシにお礼を言いにくるという何とも変な関係になっておりました。
アオイさん元気かな・・・。
ちなみに2回目入院したときは、アオイさんいませんでした。



==  2回目の入院(2006.4.24~6.1)  ==

再燃
3月に風邪をひきまして・・・それからちょっぴり再燃いたしました。
少々の下血はあったものの、元気に過ごしておりました。
でも、前回の入院のこともあるし家族もやたら心配するので早めに病院へ。
血液検査と大腸ファイバーをする。
するとなんと言うことでしょう!?
今までに見たことない様子の潰瘍が・・・
今まで何度も見たイカレポンチの大腸は表面が赤く出血でただれていたのですが
今回は白いボツボツ・・・口内炎のような形のものがビッシリ!
そして、先生はニッコリ笑って
「入院しってって!」と一言・・・悪夢でございます。

この日は金曜日でした。
顔色がいいことや元気だということをアピールし
車を運転してきていることなどを理由に(理由になるのかな?)
逃げ帰ってきました。
そして土日の2日間、入院のための買い物や用意
いつ帰ってこれるかわからないため、子供たちとのスキンシップをしておりました。

入院
24日月曜日、予定通り入院・・・。
今回も消化器科のベッドが満員のため産婦人科病棟へ!
産婦人科病棟ってのはいいですよ~~!
入院患者はみんな健康な人ですし、お見舞のお客さんも「おめでとう!」を言いながら楽しそう!
赤ちゃんの鳴き声は、子猫時代のじじ坊のよう♪(人と猫を一緒にしてスンマソ)
実は、前回の入院のとき消化器科で個室を用意してもらったのですが
両隣のおじさんとおじいさんが亡くなられたんですよ。
看取っていた家族の泣き叫ぶ声・・・2人とも夜中で・・・
会ったこともないんだけど
「じいさん、ガンバレ!」と心の中で思ったり
次は自分かも・・・と弱気になって泣けてきたりと寂しく悲しい思いをしました。
ですから産婦人科ってのは極楽ですな。

気持ちは極楽でしたが、病状は転げ落ちるように悪くなりました。
入院1週間目で白血球除去1回目とIVHをしました。
この時のIVHで、前回と同じ場所右鎖骨辺りにカテーテルを入れる予定でした。
先生は30分ほどがんばっておりましたが、なかなか入らず断念。
左鎖骨辺りに変更しました。すんなり入っちゃいました。

数時間後、やたら背中が痛い!

翌日、ものすごく息苦しい!!全く深く息ができない。
横になっていると息苦しさは増していったので
夜の先生の回診のときの伝えたのでした。

気胸!?
それからゼーハーしながらもニヤニヤしてるアタクシをよそに
先生や看護士さんが血相をかえバタバタし始め、
産婦人科病棟にありえない、レントゲンの機械が持ち込まれ騒がしくなっておりました。
先生は真剣な顔をして、アタクシの息苦しさの原因は気胸であることを説明してくれました。
「気胸?なんじゃそれ??」
本人は終始お気楽モード。
その後、胸腔ドレナージという弁当箱のようなものを取り付けられましたよ。
脇の下辺りに1cmくらい切開し、トロッカーなるチューブを挿入し
ドレーンバッグという弁当箱のようなものをつける。
トイレが頻繁なアタクシにその弁当箱を持って用を足すように命じられました。
「ああ~~トイレ行きたいな」と思ったらすぐに行かないと間に合わないのに
弁当箱なんて面倒やな・・・と思いましたよ。
まあトイレと言っても枕元にあるポータブルなんですけどね。

弁当箱生活数時間後、夜中でした。
相変わらず15分~30分おきにトイレに行っておりました。
横になっていた体を起こし、スリッパに足を入れ立ち上がった瞬間
「パンッっ」
という音とともに何か管が抜けました。
とりあえずトイレに座って、ナースコールを押してみる。
用を足しながら看護士さんに
「何か抜けちゃった」
と血の付いた管を見せましたよ。縫い付けてあるはずのトロッカーが抜けたんですねぇ。
眠いのと痛いのでモウロウとしてて、点滴も24時間だし弁当箱付いてるし全く訳わからん状態でした。
その後、数時間前と同じ光景が始まる・・・
夜中だというのに数人の看護士さんがバタバタし始め
当直だった消化器科の先生やら、レントゲンの機械やらが産婦人科病棟に・・・
結局、肺がしぼみきっていなかったせいか朝までそっと寝ることになり
朝早く、担当の先生が新しい弁当箱を持ってやってきました。
2回目はなぜか2個。左右に1個ずつ!おまけにまた抜けるといけないからと
前回より丹念に縫い付けられました。
3~4日弁当箱2個生活続きました。ゴールデンウィーク中の出来事でした。
貴重な体験でございましたよ。

筋肉注射
前回の入院時は連日高熱が続いたため、毎日解熱の筋肉注射を打っておりました。
今回は熱がなかったので、頻繁なトイレと腹痛だけが苦痛でした。
そんな中、痛みがひどいとき痛み止めなる注射を打ってもいいという話を聞いた。
飛びつきましたよ~。痛いのがといれればラッキーですやん。
最初に打った痛み止め(アタラックスP)は、時間が経っても全く痛みが治まらず
眠くもならない・・・こんなもんかとガッカリしていると
もう一種類ちょいとキツめのヤクがあるというので打ってもらう。
これがペンタジンなるヤクで、打って15分くらいで頭も体もボワ~~~ンとしてきて
痛みがなくなり、眠くなる。
2~3時間もすると頭のどこかで【トイレ行きなさい】と指令がでるんですよ。
でも体は【もっと寝ていたい!!】となかなか動かない。
ほんの少しの時間だと思うけど、葛藤があり
結局、【パンツ汚すで!】という理性の一言で無理やり起きることになる。
これを境にヤクが抜けてしまう。

中毒?
入院してから15分から30分おきにトイレに座り、座ったら最低でも15分は座り詰め
という生活でしたので、2~3時間でも眠れるペンタジンはありがたい存在になりました。
しかし、劇薬らしく1日3回6時間以上あけるなどという指令が・・・
その言いつけを守って一日3回楽しみにして打ってもらっておりましたら
最初に打った効き目がなかったアタPを打って効かなかったら、ペンタジンを打つように言われる・・・。
だからアタPは効かないンだってば!と訴えましたが聞いてもらえず
日に6本の筋肉注射の日々が始まりました。
アタPを打って、最低30分はあけて本命のペンタジンを打ってもらう。
そこからまた6時間あけ、効かないアタP打ってペンタジン打つ。
絶食のアタクシには、もうペンタジン打って少しでも寝るという楽しみしかなくなっておりました。
何日この生活を送ったでしょうか・・・
だんだん両腕はカチコチになりお尻に打つことを勧められました。
断り続けました。
恥ずかしいのではなく、トイレに座っている時間が長いためお尻全体が痛かったのです。
この上痛みが増したら、トイレが苦痛に・・・ただでさえ苦痛なのにね。
で、アタPは点滴静注、ペンタジンは生理食塩水の中に入れて点滴になりました。
筋肉注射より効き目が早く、醒めるのも早かったので
筋肉注射に戻してもらうようにお願いしてみたものの、聞いてもらえませんでした(涙

このペンタジン、依存性が強いものらしい・・・。
量的に中毒になるほど処方されていないという話だったけど
アタクシは間違いなく中毒になるタイプ。
楽を知るとどんどん深みにはまる・・・。意思が弱いんですのよ、おほほっ。

筋肉注射しまくったため、注射止めて27日も経つというのに腫れが引かない!
痛いんだよぉ~、力瘤みたいだよ。
あのまま、点滴に換えずに筋肉注射してたら・・・・どうなっていたんだろう。

治療
絶食28日間、点滴
入院1週間目からIVH、2週間目で高熱、感染の疑いがあったため2週間で終わり
白血球除去術(G-CAP)1週間に一度・5回

薬(1日)
ペンタサ9錠、ビオフェルミン3包、ガスターD2錠、トランサミンカプセル3錠
プレドニゾロン入院時8錠、退院時3錠
ペンタサ注腸1本

38日間の入院でございました。

おまけ

1回目も2回目も入院中毎日来ていたハト
何にも餌をあげたりしないのに覗きに来ておりました。
誰か餌でつっていたのかもしれないな~。


==  3回目の入院(2006.8.21~9.8)  ==
治療
白血球除去術(G-CAP)1週間に一度・5回 
ステロイド動注 40mg 1回

==  4回目の入院(2007.1.12~1.31)  ==
治療
白血球除去術(G-CAP)1週間に一度・5回 
ステロイド動注 40mg 1回

==  5回目の入院(2007.4.13~5. 9)  ==
治療
ステロイド動注 40mg 1回
免疫抑制剤 イムラン スタート


お断り
ダラダラと書いてきましたが、あくまでもアタクシの体験談です。
アタクシは医者ではないので
医療器具などの名前の間違いなどあるかもしれません。
あったら教えてください。
また、何か質問などありましあたら遠慮なくどうぞ。