みなさん、おこんばんは。

今日から猛暑が続く予定ですねえ。

最低でも2週間は続くとか・・・・・気合い入れましょう(笑


昨日、水着を見て欲しくなって、家でもネットであれやこれやと物色しておりました。

まだ買っていませんよ(笑

水着・・・プール・・・・部活・・・・辛い・・・ネタミ・・・・嫉妬・・・・

すっかり忘れていたことが、いろいろ思い出してきました。

今日は、アタクシのカッパの経歴を書いていきたいと思います。


アタクシは小学4年生まで、ほとんど泳げませんでした。

あまり、プールが好きじゃなかったんですよね。

でも、ひと昔前の小学校ときたら、毎日プール解放があって、夏休み最後には

水泳検定なるものがあり、泳力測定があったわけです。

とにかく、25m泳がなければ肩身が狭い。

4年生くらいになると、半数以上の子が泳げるようになって、

泳げないことが悩みの種になっていくんですよね。

泳ぎ方なんて、どんなんでもいい。とにかく足を着かないことが必須でした。

念願かなって4年生のときに、ようやく25m泳げたわけですよ。

その1年後、5年生になったときに、他校との水泳大会に向けて選手決めをしていた時のこと。

25m泳げる子をプールサイドに並べて、ヨーイドンでプールの横幅15mを競争したのです。

クロールなんて泳いだことなかったけど、がむしゃらに足をばたつかせ腕を回したら1番だった。

その瞬間から、アタクシの競泳生活が始まりました。

がんがん泳いでいれば、それなりに形になっていくもので、その他の飛び込みの練習、

ターンの練習をなんぞをすると、立派な?自由形の選手の出来上がり。

何をさせてもパッとしないアタクシが、水泳の選手に選ばれた!というだけで

家族中大盛り上がりでした(笑

初めての大会の日、祖父母も両親も見に来てくれました。

競泳っていうのは、真ん中のコースが一番速い子で、その脇を2番手、3番手というように

泳ぐと矢印になるようにコース分けされます。

アタクシはその当時、背は並、肉がなく痩せぎすで、どこから見ても貧弱な体つき。

おまけに8~9コースある中、一番サイドのコースでした。

成績は大したことなかったのですが、選手として泳いだ満足感でいっぱいでした。

家族も皆、「よくがんばった!」と言ってくれたのですがね・・・・

後日談として、アタクシの体の貧弱さに失笑し、泳いでいるときには隣のコースからくる

波に阻まれてなかなか進まず、なんとも情けない姿だったらしいですわ。

そんな家族の嘆きも知らず、アタクシは『水泳選手』として学生生活を過ごしていったのです。

中学に入ると、5~10月までという、長い長い水泳期間があり、毎日毎日泳ぎまくっていました。

早朝練習というのもあって、授業の前にも泳ぐんですわ。

朝練して、体育の授業があって、部活で泳ぐという過酷な日もありました。

水着、ビッチョビチョでさ、なんとも言えぬ気持ち悪さを覚えています。

アタクシは、筋肉がないので、自由形100m専門。

ヨーイドンでガーーーーッと力を出して、あっという間にレースが終わる。

すごく速いわけじゃなかったけど、学校の中では1番でした。お山の大将ですね(笑

高校に入ると、当たり前のように水泳部に入りました。

中学の時も厳しかったけど、高校はそれ以上に厳しい。

黙々と泳ぐ・・・一応がんばっていましたが、100m自由形から

800m自由形に変更させられてしまいます。

短距離は、筋肉の多い人向きなんだそうです。

アタクシのようにヒョロ~ヒョロ~と泳ぐのは、長距離向きだとか言われてシブシブ。

800mってね、泳いでいるうちにどれだけ泳いだか分からなくなるんですわ。

ラスト50mのときに、鐘を鳴らしてもらえますが、それまでは

「はぁ~~まだかなぁ~、今何メートルかなぁ~~~」なんて思いながら泳いでいました。

もうこの時点でかなり嫌になってきていたのですが、もう一つ決定的なことが起きました。

それは・・・マネージャーが入ってきたのです。

それまでのマネージャーというのは、体の故障のために泳げなくなった人がマネージャーを務めていました。

それがさ、水泳の「す」の字も知らない同級生4人も入れたのです。女子ばっかり。

コイツら、ストップウォッチ持ってるだけで、プールサイドで楽しそうでしてね・・・

男子部員には、聖子ちゃん真っ青のクネクネブリッコでうんざりしていました。

そのうち、4人の中の1人が、マネジャーを辞めて選手になると言いだしましてな

ほとんど泳げない部員が1人増えたのでした。

彼女はプロポーションが良かった。ちょっと足は太かったけど、胸もありウエストもあった。

彼女が初めて水着で登場したとき、男子部員が

「おおおおぉぉぉぉぉ~~~~~」 と、雄叫びに似た歓声を上げたのです。

バカばっかりだと思いました(笑

そのバカたちは、泳げない彼女の優しいコーチになっていったのです。

急に嫌になってきて、部活を辞めました。高校2年の夏でした。

その直後、いいアルバイトを見つけたのです。

スイミングスクールのコーチ。一石二鳥。

このバイトは、教える難しさを感じました。

下は3歳から、上は母親より年上のオバちゃんまで。

いろんな人と係わりました。

今思うと、水泳をやってきた中で、一番楽しい時期だったような気がします。

みんな、水泳続けているのかなぁ。

社会人なり、水泳から遠のいてしまいました。

やっぱり、今年は水着買おうっと[E:smile]